算数

アインシュタイン

ー寺田寅彦ー

この間日本へ立ち寄ったバートランド・ラッセルが

「いま世界中で一番えらい人間はアインシュタインとレニンだ。」

というような意味の事を話したそうである。

この「えらい」というのが

どういう意味のえらいのであるかが聞きたいのであったが

遺憾ながらラッセルの使った原語を聞き洩らした。

なるほど、ふたりとも革命家である。

ただレニンの仕事は

どこまでが成功であるか失敗であるか

おそらくはこれは誰にもよく分からないだろう。

アインシュタインの仕事は少なくも大部分たしかに成功である。

これについては

世界中の信用のある学者の最大多数が裏書をしている。

仕事が科学上の事であるだけに

その成果極めて鮮明であり、従ってそれを仕遂げた人の科学者としての

えらさもまたそれだけハッキリしている。

レニンの仕事は科学にないだけに

その人のその仕事の遂行者としてのえらさは必ずしも

目の前の成果のみで計量する事が出来ない。

それにも関わらず

レニンのえらさは一般の世人に分かりやすい種類のものである。

取り扱っているものが人間の社会で

使っているものが兵隊や金である。

いずれも科学的には訳の分からないものであるが

ただ世人の生活に直接的なものであるだけに

事柄が誰にも分かりやすいように思われる。

これに対して

アインシュタインの取り扱った対象は抽出された時と空間であって

使った道具は数字である。

すべてが論理的に明瞭なものであるに関わらず

使っている。

「国語」が世人に親しくないために

その国語に熟しない人には容易に食い付けない。